人は何を求めて本を読むのか。理由はさまざまだろうが「動かずに旅をする」と表現した作家がいた。物語の世界に分け入ることは至福の時間だ

 ▼物語に挿絵や写真が添えられた本は、読む人のイメージが伴って好みが分かれるかもしれない。以前読んだ沢木耕太郎さんの「旅の窓」(幻冬舎)が印象に残っている。沢木さんが旅先で撮った一枚の写真に1ページの文章を添えているのだが、トータル的に一つの物語のように読めた

 ▼電車で旅に出掛ける時、伊豆急に乗って車窓を流れる街並みや海岸線を何となく眺める。子どもの頃から慣れ親しんでいても、四季の移ろいや天候で変化する景色が新鮮に見える時がある。中でも伊豆北川駅の高所から望む風景に引かれる

 ▼毎日新聞社・井上靖文学展の記念誌「白の風景」(詩と写真・井上靖)に伊豆が出てくる。その一編「花の下」に伊東市の川奈ホテルで、老いた母親らと花見をする場面がある。井上が母親の心境を推察しながら、自身の夫婦生活に考えが移っていく。愛情とは無関係に「恨みでない恨みが妻というものの肩に積もって行く」という表現に動揺した

 ▼きょうは井上の命日。川奈ホテルを訪れた時の桜は、ちょうど満開だったという。