きょうは「北方領土の日」。北方領土問題に対する国民の関心と理解を深め、全国的な北方領土返還運動の推進を図るため1981年に定められた

 ▼幕末の1855年2月7日(安政元年12月21日)、下田・長楽寺で結ばれた日露和親条約に由来する。この時、江戸幕府とロシア使節プチャーチンの間で、両国の国境を択捉島とウルップ島の間と決めた

 ▼その1カ月半前、安政大地震が発生し、下田港に停泊していた露艦ディアナ号は津波で大破。大砲の下敷きとなり死亡した乗組員もいたが、プチャーチンは軍医を上陸させ、日本側に治療を申し出ている

 ▼ディアナ号は修理のため戸田へ回航中、暴風雨に遭い富士沖で沈没。地元漁民が乗組員を救出し、戸田で代船「ヘダ号」を建造した。郷土史家の故肥田実さんは著書「下田の歴史と史跡」の中で「この人類愛にもとづく人間同士の理解と信頼の絆が短期間にこの締結を可能にした」と記している

 ▼「北方領土の日」は、領土返還運動の推進だけではなく、日ロ交流の原点を思い起こす日ともいえる。毎年2月7日、都内で「北方領土返還要求全国大会」が開催されているが、伊豆からは日ロ交流のメッセージを発信し、領土問題解決につなげたい。