昭和30年代に伊東市の中心街、それも飲み屋街で生まれ、高校時代まで過ごした。隣は小料理屋、その隣は芸[げい]妓[ぎ]置き屋だった

 ▼子どもの頃、家の近くで遊んでいると、時々お菓子をくれるなどかわいがってくれる“おばさん”がいた。夕方になると髪を結い、きれいな着物を着て、三味線を抱えた「姐[ねえ]さん」と一緒に、迎えのタクシーに乗り出掛けていった。芸妓衆の姿は、日常の中にあった

 ▼伊豆の各温泉場で活躍した芸妓衆は、間違いなく接客の第一線で観光の隆盛を支えた立役者である。最盛期には熱海温泉で千人以上、伊豆長岡温泉で400人以上いたというが、今は10分の1前後。ゼロになった温泉場もある。同時に、踊りに代表される芸妓文化も存続の危機にある

 ▼本紙は隔週木曜日「華の誇り~いまを生きる伊豆の芸妓たち」を連載している。「伊豆長岡編」「下田編」に続き、きょうの第3回は「稲取編」。“冬の時代”に現役にこだわって芸に磨きをかけ、若手を育てるなど各地の芸妓衆の奮闘ぶりを、ぜひ読んでいただきたい

 ▼芸妓文化というと、第一にお座敷芸を思い浮かべるが、神髄は「もてなしの心」だろう。観光の基本でもある。後世に残すとともに、市民も学ぶべき精神だ。