文筆家の顔しか知らない筆者は、厳しく作品に向き合う表情が真っ先に浮かぶが、高校教員時代をともに過ごした人たちは、全く別の人物像を共有していた。それは後輩を見守り、時に人知れず支援する優しい先輩の顔だった

 ▼1月5日に89歳でなくなった伊東市の近世文学研究家村田稲造さんの「お別れ会」が先日、同市で開かれた。花で彩られた遺影の前で、ゆかりの人たちが次々にマイクの前で思い出を語った。印象的だったのは県立熱海高時代の後輩のスピーチだ

 ▼教員になりたての後輩は、無謀にもクラスのキャンプを計画した。それを知った学年主任の村田さんが「いい企画だから学年行事としてやろう」と提案、校長らと掛け合い実現させた。その際のバス料金でミスした際も、内緒でバス会社と交渉し解決してくれたという

 ▼会では、本紙連載「ひとり男繁昌記」も話題に上った。以前、本欄に書いたが、村田さんは生前、編集局に原稿を託した。病床で執筆したとみられる。残りは4月分の上下2回のみで、2、9日付に掲載予定である

 ▼最後のテーマは「錆び付いた平和」。米大統領の姿勢などから「平和」を論じているが、最後の一文は、まさに村田さんの遺言に思える。