先週の小欄で触れた日本最初の女性灯台守、萩原すげさんが守った旧稲取灯台にまつわる逸話を一つ紹介したい。下田で黒船密航を企て、後の日本史に大きな影響を及ぼした吉田松陰と金子重輔の足跡である

 ▼東伊豆町の白田と稲取の間のトモロ岬にあった旧稲取灯台は、熱海と下田を結ぶ街道(伊豆東浦路)沿いに位置する。すげさんの祖父・清四郎は幕末、灯台の前身である狼煙台[のろしだい]の番役を務め、近くで茶屋を営んでいた

 ▼1854(安政元)年3月18日、白田方面から若い武士が2人やって来た。縁台に席を求めたので茶を出すと、まだ早いのに握り飯を出して大急ぎで食べ、下田までの道のりや近道を聞いたという 

 ▼松陰の回顧録によると、2人は前日、熱海から伊東を経て大川に宿泊(三島神社境内に野宿したと考えられている)し、18日午後に下田に到着している。二人のうち一人は「ヒゼンがひどく、ポリポリかいていた」ということから、皮膚病を患っていた松陰に間違いない

 ▼伊東市の郷土史家加藤清志さんと写真家の故田畑みなおさんが全道を踏査し、近年脚光を浴びる伊豆東浦路は、今でも昔の道が所々に残る。深まりゆく秋の中、歴史ロマンに触れながら古道を歩くのもいい。