伊東祐親は平安時代末期、伊東を中心に活躍した武将だ。工藤祐経との世襲のもつれで嫡男・河津三郎祐泰が討たれ、自らも源平の戦いで平氏について敗れ最後は自刃したといわれる悲劇の武将の印象が強い。娘八重姫の源頼朝との悲恋も語り継がれている

 ▼市内では祐親をはじめ、日本初の洋式帆船を建造した英国人の三浦按針(ウィリアム・アダムス)、医学者で文学や絵画の分野でも活躍した木下杢太郎ら伊東に関わりのある人の名を関したイベントが行われている

 ▼今年の「祐親まつり」は5月19、20日、松川藤の広場、松川水上特設能舞台で開かれる。19日は人間国宝の山本東次郎氏による狂言「清水」などの「伊東温泉薪能」を上演する。20日は郷土伝統芸能「奉納舞台」、芸妓[げいぎ]衆らによる「華舞台」を行う

 ▼祐泰の遺児・曾我兄弟に「敵」として討たれた祐経の子孫たちは各地に広がった。戦国時代、九州の日向(現在の宮崎県)で力を持っていた伊東氏一族は、薩摩(鹿児島県)の島津氏に敗れ国を追われたが、復活し後に大名となった

 ▼伊東氏は伊豆だけではなく九州の地にも名前を残していた。遠い場所と思っていた宮崎も郷土と関わりがある人が活躍していたと思うと親近感が湧く。