週末の午後、その通りを車で走ると店頭で小柄なおばちゃんがこちらに向けてお辞儀をしてくる。「知り合いだったろうか」―。熱海市網代の国道135号沿いの通称「干物銀座」はひところ、そんな思いがよぎる温かく素朴な風景をつくり出していた

 ▼昭和40~50年代には約400メートル間に34軒の干物店が軒を並べたが、現在営業しているのは6軒。観光客の減少、経営者の高齢化と後継者の不在で次々廃業し、店頭に立つおばちゃんの姿も見られなくなった

 ▼網代干物商組合の森野幸太郎組合長によれば、全盛期、伊東などのゴルフ場で遊んだ社員旅行などのグループが家族や親戚、近所に配るのだと1人数万円分の干物を買って帰ることは日常だった。観光そのものがステータスだったのだろう

 ▼干物銀座に限らず、伊豆南部を中心に観光地や商店街の地盤沈下は著しい。全国有数のペンション集積地だった伊豆高原、浴衣の観光客が闊歩した熱川温泉街もかつてのにぎわいはない

 ▼ニーズが常に変化するように、観光地や商店街も時代に合わせて変わっていくべきなのか。小洒落[こじゃれ]た歩道や街灯、きれいな装飾の店が並ぶ没個性的な“ミニ東京”ばかりが増えているような気がしてならない。