本紙日曜日付のリレー随想「伊豆路」の現在の筆者の一人は、幕末お吉研究会の杉本武代表。その10日付の記述で、お吉が晩年に営んだ小料理店跡「安直楼」の案内板に対し「史実とは異なるようです」と一石を投じた

 ▼案内板には「一八五七年、恋人鶴松との仲を裂かれて領事館に出仕したお吉は、以後、町の人達から『唐人お吉』と蔑[さげす]まれ、酒に浸って、やがて姿を消す。年月を経て『安直楼』を開業したが、自ら酒に溺れて数年で店をたたむ」とある

 ▼これは小説や芝居などで一般的に知られる「お吉物語」の粗筋をそのまま記したもの。物語には脚色が多々含まれていることを、これまでも郷土史家や研究者の多くが指摘している

 ▼お吉物語はいわば、侍妾[じしょう]としてハリスに仕えたために、町の人々から「いじめ」に遭ったという話。お吉やハリスの名誉を傷つけるばかりでなく、開国の町として進歩的であったはずの当時の町民の度量を疑わせ、決して自慢できる話ではない

 ▼問題は案内板に「下田市」と入っていること。公の案内板として信ぴょう性が高く、何も知らない人々が史実と信じてしまうことだ。虚構と史実は区別し、少なくとも「物語では…といわれている」と修正した方がいい。