サヨナラに「またあした」が付くとホッとする。「山のお寺の鐘が鳴る」の時刻、汗びっしょりになって遊び通した仲間が大声して別れる。当時の子どもたちにサヨナラとあしたは一つだ。永遠の循環だった。

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 わずか数人になった小学校の同窓の集まりだ。

 「またあしたね、今の世の中、日本も世界のどこからも、あしたが見えてこない。サヨナラばかりだ」

 「この国も年寄りばっかりで、未来は暗い」

 「うちも倅(せがれ)と娘が2人いるが、2人ともひとり者だ。下の娘の方は結婚したけれど1年で別れた。両方ともとっくに五十の坂を越えている」

 「うちにも1人いるよ。1人の方がよっぽど気が楽よってシャアシャアしている。親の気持ちにもなってみろって言うんだ。オレたちの若い時、女の子と見るとカーッときた。あれが近頃の若い連中にはないね」

 と、今まで黙って話を聞いていたもう1人が口を開いた。

 「またあした、のことですがね、ボクは毎日、これを日に一度必ず実行していますよ」

 「何かわけがあるのかい」

 「実は女房がパーキンソン病でもう10年以上になるんですが、年々体が言うことをきかなくなって、いま施設に入ってる。毎日様子を見にいくんですよ」

 同じ時刻、午後1時半だ。彼女は時計を見ながら待っている。ドアを開けると身動きできないのを真っ赤な顔して全身よじるようにするのを見て思わず抱きつく。口はきけない。しかしこちらの言うことはほとんど理解できる。

 「だからボクが一方的に話をし続ける。1時半から夕方5時すぎまで大変ですよ。あしたは何を話そうかと準備しておかないと、とても時間がもたない。聞く方は頭がたしかで同じ話をするとすぐ首を振るんです」

 「何か本でも新聞でも読んでやればいいじゃないか」

 「それはいやらしい。ボクの口から直接出る話題でないと満足しない」

 「君の奥さんはもと…」

 「会社の組合の事務局で広報の係を長く続けていました。そのせいか社会の出来事、国内外のことなどいまだに気になるらしい」

 そこで最近の世界の情勢、中東戦争のことやいろいろ新聞やテレビのニュースをよく見たり聞いたりしておかないと材料が底を突く。彼女が最も心を痛めたのは難民のニュースだ。欧州への脱出中、ゴムボートが転覆して何百、何千という人たちが溺れ死ぬ、その写真を見せてやったら歯を食いしばるようにして涙をポロポロ流す。

 「女房の感受性の方がボクなんかよりよっぽど敏感でナイーブなのにびっくり」

 あらためて彼女に対する尊敬の情がこみ上げてきた。この時、何かしきりに言いたがって、自由のきかぬ手を胸に何度も当てるようにして頭を下げる。

 「何を言いたがっていたんだ。分かったかい」

 「口をパクパクさせるだけの表情から推測すると、その難民たちに比べて、私は本当に幸せ者だということを感謝してボクに何度も頭を下げてくれたんじゃないかと」

 「そうに決まってる、君への感謝だ」

 「ボクはね、何としてもこの人を最後まで守り抜かなきゃとね」

 一同しんとしてしまった。その座の仲間の誰もが、決して人ごとではない、避けて通れぬ道だったからだ。

 「それ以来です。面会して帰る時、サヨナラより精いっぱい『またあした』を大きな声で、女房の両肩に手を当てて、1日が終わります」

 「人間生きてる限り、またあしたでなくちゃ」

(近世文学)