中国輸出向け寒天に使用した赤紐=西宮市山口町郷土資料館所蔵

 2016(平成28)年8月12、13日、私は関西寒天の跡地を訪ねる旅に出ました。「関西」とは、寒天発祥の地である伏見をはじめ摂津、丹波、丹後のことを言います。

     ◇……………………◇

 今回の目的地は二つです。一つは、兵庫県の六甲山です。もう一つは、大阪府高槻市です。まずは、六甲山。

 新神戸で新幹線から在来線に乗り換え終点の有馬温泉で下りました。そこからタクシーで20分くらいの所に西宮市山口町郷土資料館があります。

 六甲山地の一角、船坂の寒天製造で使われた大釜がそこに展示されています。船坂は山口町の一部で、標高が高いため冬季の夜間温度は氷点下5度から10度、しかも乾燥がち、川の水も豊富という寒天作りに好適な地域です。近隣地域でも寒天作りが行われましたが、船坂が発展した要因はテングサの搬入が馬ではなく、鉄道と「馬力」と呼ばれる四輪車であったためだと言われています。

 天城の寒天の場合、テングサの搬入は人と馬に頼っていたということを思い出します。テングサは伊豆半島や房総半島などから搬入しました。

 1885(明治18)年に地元の有志3人が共同出資して寒天製造工場を立ち上げました。高級品の「細寒天」を製造し、国内で販売するだけではなく、中国・台湾にも輸出しました。資料館の中に中国輸出の際に使った梱包用の赤い紐[ひも]が展示されています。最盛期の昭和初期には15軒ほどの寒天製造工場があったそうです。しかし、1998(平成10)年ごろに最後の1軒の工場が閉鎖し、約115年に及ぶ寒天作りに幕を閉じました。

 資料館に展示されている大釜の前には解説を書いた金属製のプレートがありましたが、文字が色あせて読めません。職員の方に何と書いてあるのかと質問すると、パソコンでその文章を探してくれました。

     ◇……………………◇

 原料の天くさを煮る大釜で、容量は1800リットルです。煮込みのとき、容量をさらに増すため、釜の上に大きな底のない桶(「こしき」という)を据え、釜との隙間から原料液などが漏れないように縛った藁[わら]束、赤土などを詰めたうえ、セメントで固めます。一釜で煮る天くさの量は約140キログラムで、「こしき」の周囲をこもで巻くのは、原料液が冷めるのを防ぐためです。

     ◇……………………◇

 メジャーを借りて測ったところ、大釜の大きさは直径約130センチ、深さ約110センチでした。河津町大鍋の旧家で見た大釜とほぼ同じ大きさです。私は、大鍋の旧家で見た大釜は本物だと確信しました。(小田原短期大教授)

 【写説】中国輸出向け寒天に使用した赤紐=西宮市山口町郷土資料館所蔵

 【写説】同資料館の庭に置かれた船坂の大釜