赴天城山途中作

一壑初窮又一丘

芒鞋竹杖〓清遊

避牛蹊畔思詩句

蹈石巖辺渡野流

帯雪矮松葉尖露

擁雲崇岳頂頭抽

帰樵去後行人絶

炭窰煙遙山更幽

天城山に赴く途中の作

一壑[がく]初めて窮まり又一丘

芒鞋[ぼうあい]竹杖 清遊に〓[かな]う

牛を避くる蹊畔 詩句を思い

石を踏む巖辺 野流を渡る

雪を帯ぶる矮[あい]松 葉尖[せん]露[あら]われ

雲を擁する崇岳 頂頭抽[ぬき]んず

帰樵去りし後 行人絶え

炭窰[よう] 煙遥[はる]かに 山更に幽[ゆう]

     ◇……………………◇

(語釈)

芒鞋=わらじ。

〓=満足する。こころよい。

野流=野原を流れる小川。

矮松=低い松。

崇岳=高い嶺。

帰樵=家へ帰る木こり。

炭窰=炭焼き窯。

(訳)

谷越えてまた丘を越え行き

わらじと杖[つえ]のこころよい旅

牛を避けつつ詩の句をひねり

岩を踏み越え小川を渡る

雪かぶる松葉先あらわれ

雲おびる嶺頂きを見る

木樵[きこり]の後は行く人も絶え

静かな山に炭焼くけむり

     ◇……………………◇

 七言律詩。押韻=丘・遊・流・抽・幽(平声尤韻)

 村の見廻りだろうか、狩の下見だろうか。晩冬初春の候の、気持ちよい山歩きをうたう。

 首聯[しゅれん](1・2句)は、わらじと杖の軽装で、谷から丘へと清遊を楽しむ。「〓」は、音キョウ、こころよい、満足する、の意。

 頷聯[がんれん](3・4句)、もう春の畠仕事が始まったのか、農民が牛を曳いて通るのを、避けながら、詩作に耽[ふけ]る。このあたり、詩人坦庵の面目躍如、というところ。

 頸聯[けいれん](5・6句)も、情景を詠う。原文の「矮松」は、這[は]い松だろう。低い枝に雪がかぶさっている(近景)。次の句、雲を帯びている高い峰は、頂きを現わしている(遠景)。

 尾聯[びれん](7・8句)、木樵が炭焼きを仕掛けて帰ったあとに、炭焼き窯から煙が立ち上り、山はいよいよ静か、と結ぶ。

 対句も整い、余韻の漂う詩情豊かな作である。

(二松学舎大名誉教授・顧問、全日本漢詩連盟会長)

 ※〓はリッシンベンに匚の中に夾