1948年導入の全国初ディーゼルバス「いすゞ自動車40人乗り大型バス」

 ■業績、飛躍的に向上

 東海自動車(伊東市渚町、石井文弥社長)は15日、創立100年を迎える。「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉がある。歌は、その時代の世情を反映している。公共交通手段のバスもしかり。歌と同様、時代を映す鏡だ。“伊豆観光はバスにつれ、バスは伊豆観光につれ”。時代を象徴する5台の東海バス車両を通じ、伊豆観光1世紀の歴史を振り返る。

 1917(大正6)年、東海自動車の前身である伊東自動車が設立された。初の乗合自動車を伊東―冷川―大仁、大仁―修善寺、伊東―宇佐美の3路線で運行。伊豆の交通文化、観光の“黎明(れいめい)”となった。車両は米国製「ビュウイック」4台が使われた。定員は5人。運賃は非常に高価で、富裕層向けの交通手段に限定されていた。創業時、宇佐美海岸を走行するビュウイックの写真が同社の金庫に大切に保管されている。同社100周年記念事業担当者は「当社にとって創業当時の貴重な写真」と述べている。

 戦後間もない48(昭和23)年、同社は全国初のディーゼルバスとして「いすゞ自動車40人乗り大型バス」2台を導入した。同車両で伊東―下田間、沼津―松崎間の長距離運行がスタート。木炭、まきなどを燃料とする代燃車は姿を消した。業績は飛躍的に向上、4年後の52(27)年には運行車両が100台に増える勢いだった。50(25)年に起きた朝鮮戦争による特需で、日本経済は好況に転じ、伊豆への観光客も次第に増えていった。

 元伊東観光協会事務局長の水口進吾さん(75)=伊東市川奈=は「(同社ドライバーだった故人の)父が運転したビュウイック、学生時代に乗ったボンネット型バス、手石島沖噴火(88=平成元年)直後、関東方面への観光キャンペーンで大活躍したリンガーベル。どの車両も思い出深い」と振り返った。さらに「時代を映し人の目を引く東海自動車のバスには大きな魅力があり、観光不況も払しょくできる強い宣伝力があると思う。可能な限りぜひ後世に残してほしい」と力を込めた。

 【写説】1948年導入の全国初ディーゼルバス「いすゞ自動車40人乗り大型バス」

 【写説】創業時、宇佐美海岸を走るビュウイック