梅まつり将棋大会A級

 ■・石田豪成(熱海市) □・佐野牧男(静岡市) 自戦記/石田豪成

 ・二度あった終盤戦

 1図の□4五桂の王手に、私は玉の逃げ方を誤って■2八玉と指してしまった。佐野さんは間髪を入れずに□3六桂と打つ。■同銀□同歩に■3八歩と打って開き直った。

 以下、私はなりふり構わずに受けまくったのだが、ここからの正確な手順を思い出せない。佐野さんも、そうだった。終盤戦の熱気に冒されて記憶を失ってしまっていた。たとえて言うならば、土俵を湧かせた力士がインタビューに応じてその取り口を「全く覚えていません」と答えることがよくある。私たちも、それと同じだったのだ。

 思えば終盤戦が二度あった一局だった。局後、2人してやっと再現できたのが第2図である。佐野さんが気合を込めて□3五香と打ったところである。ここで私はとんでもない一手を指してしまった。■2四歩成である。ここでは歩は成れない。成れないところに成ってしまっては反則負けである。

 佐野さんに指摘されて気がついたのだがもう遅い。佐野さんは寛容な態度であった。許すような気配であった。1分近く盤面を眺めていた。未練があったのである。私は一礼して「負けました」と熱戦に別れを告げた。

 ・広津久雄九段の眼力

 30年前のことである。糸川沿いにある熱海支部道場に通ってくる少年がいた。正座をして背筋を伸ばして対局する姿が、とても印象的だった。熱心に通ってくるので少年を自宅に呼んで指導することにした。少年をたばこから守ってやりたかったのである。

 4枚落ちから始めて、すぐに2枚落ちに上達した。私はお母さんに「ここから先は専門家の指導を受けるべきですよ」と勧めた。お母さんは少年を連れて静岡の広津九段の門をたたいて入塾を許された。中学2年になった時、学校で進路相談があった。お母さんは私に「あの子は将棋で生きていけますか」と相談してきた。私は「広津九段のお考えを聞くべきですよ」と答えた。

 お母さんは広津九段の明快な答えを聞いてきた。「あの子は将棋以外で、一人前以上になれますよ」。まさに天の声だ。進路は決まった。少年は立派に成人して、ある中核都市の裁判所の裁判長を務めている。

 【図版】第1図(□3六桂打まで)

 【図版】第2図(□3五香打まで)