赴江梨山途中作

浦雲随霽披

一望渺無涯

根露懸崖樹

花開掠水枝

両岸潮来濶

片帆風定遅

夕陽欲西下

留杖立多時

 江梨山に赴く途中の作

浦雲霽[は]れに随って披[ひら]き

一望渺[びょう]として涯[はて]無し

根露[あらわ]れ崖に懸かる樹

花開き水を掠[かす]める枝

両岸潮来たること濶[ひろ]く

片帆[へんぱん]風定まること遅し

夕陽西に下らんと欲し

杖を留めて立つこと多時

     ◇……………………◇

(語釈)

浦雲=入り江に掛かる雲。

渺=はるか。

多時=長い間。

(訳)

江梨山への道

入り江の雲は次第に開き

見渡すかぎり望み果[はて]なし

根露れて崖に懸かる木

水を掠めて花開く枝

両岸広く潮満ち来たり

帆舟静かに風凪[な]ぎわたる

西に夕日の沈みゆく時

杖を停[とど]めてただ立ち尽くす

 五言律詩。押韻=披・涯・枝・遅・時(平声支韻)〈涯は、ギと読む〉

 江梨山は、伊豆の西海岸、大瀬崎に近く立つ小山。正面に富士山、眼下に駿河湾を望む。

 首聯[しゅれん](1・2句)、遠景。小高い処から海の方を望むと、雲も晴れ、見渡す限り水が広がる。

 頷聯[がんれん](3・4句)、対句。近景。道沿いの崖の木は、根がごつごつとむき出しに、その枝が水の上まで伸びて花を着けている。青い空と海の中に、花の紅[あか]が鮮やかな色どり。詩の中ほどにアクセントとして働いている。

 頚聯[けいれん](5・6句)、対句。近景から遠景へ。花を眺める目が、両岸へ、更に沖へ。水の広がりと、その中を緩り動く帆船の影。今度は帆の白がアクセントとなっている。

 尾聯[びれん](7・8句)、舟を見る目が更に遠くへ。折から夕日が、海を赤く染めて、沈みゆく。息を呑むような光景を、崖の上に立ち、いつまでも飽かず眺めている。

 伊豆の風景を愛する作者の、息づかいまでが伝わってくるような詩だ。

 天城山と江梨山は、坦庵の猟場だったようで、関連作品が十数種ある。続いて幾首かを紹介しよう。

(二松学舎大名誉教授・顧問、全日本漢詩連盟会長)