伊豆方言も近頃は影が薄くなった。同じ方言でも世代によって程度の差は著しい。40代、50代の人にもむろん伊豆のナマリは残っているが、かつての老人たちの日常語ときたらとても同列にはならない。まず、しゃべりだす時、「バーカ」から始まるのである。「バーカ、何を言うだあ、おめえっちゃあ、バカもバカ、アカバカだあな」。バカでなくバーカと伸びる。それが江戸弁のような角(かど)がなく、さほどに相手の感情を刺激しないのだ。「アカバカ」とは何か。徹底したバカ、話にならないバカ、いわゆる「アカッ恥」、「アカッ下手」の類で、この上ないバカの行き止まりとでも言おうか。

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 江戸落語に「バカヤロー」は欠かせない。熊さん、八つぁんが利口者では話にならない。だが、近頃の落語の登場人物に、昔に比べて「バカ」はあまり使われなくなった。それに同じ「バカ」と発音する場合にも響きに何かが欠けているような気がする。かつての噺家(はなしか)たちが懐かしい。私が席亭に足を運んだ頃を思い出す。文楽、志ん生、円生をはじめ錚々(そうそう)たる名手ぞろいだった。それぞれ「バカヤロー」にも人柄によって違いがあった。亭主がかみさんに、また、かみさんが亭主を頭ごなしに言う、熊八同士、これを今考えると軽蔑語というより親愛語として聞こえてくる。蝶花楼馬楽(ちょうかろうばらく)−後に林家彦六になったあの老人の「バカヤロー」は実に何とも味わい深いものがあった。ロレツの回らないような響きに、威勢のいい兄貴たちと違った奥行きと温かみを感じた。これに比べ志ん生などは開けっぴろげの「五月の鯉の吹き流し」といった感じだった。

 夏目漱石の「吾輩は猫である」がA新聞に再連載されていたが、これと関連して、芥川龍之介の講演から「漱石先生の話」というのが載っていた。

 漱石は銭湯が好きでよく通ったらしい。ある日、漱石が洗い場で石けんを使っていると、そばで頑丈な男の浴びた湯が漱石の頭へ降りかかった。「バカヤロー」と怒鳴った漱石は、途端に内心びくびくしていたら、男は素直に「すみません」、後になって漱石は「助かったよ」と芥川に述懐したという。

 以前、教職に在った時、生徒を毎日のように怒鳴りつけていた。ところが、ここ何十年、バカヤローを人前で、大声で発することがなくなった。世の中に対する忿懣(ふんまん)はしきりだが、それもひとりごと、自分ながら年取ったなあと思う。ある人が「相手を罵倒するなんて体力がないとできることではない」と言った。ところが、思いがけずも先日、これが実行されてしまった。

 私が講師で出ている古典講座の折、一番前列の端の席で、仰向けに天井へ大口あけて眠っている人がいる。見ると、もと学校の先生をやっていたことのある、70歳に近い友人なのである。友人なればこそ「親しき仲にも礼儀あり」、これを知らぬ人間は許せぬと、むかむかっとしてきて

 「バカヤロー、目をさませ」

 と怒鳴った。途端に口がヘナヘナになった。上顎(あご)の入れ歯が吹っ飛んでしまった。周囲もびっくり、シンとする。と、その入れ歯が席の前へ転がっている。私の顔は頬がへこみ、げっそりして何とも惨めな仕末だったろう。すると、怒鳴られた当人が立ち上がり、その入れ歯を拾い、ハンカチの上に載せて私の前へ来て、うやうやしく黙ったまま差し出した。私は彼よりさらに頭を下げ入れ歯を押しいただいた。(近世文学)