船釣りで釣った大型アマダイを持つモリケンさん

 伊豆市の土肥港でメジナ釣りが面白い。手のひらサイズが中心だが、時折良型も上がっており狙い目だ。

 千葉県松戸市から訪れた会社員中野俊一さん(37)は17日、浮きフカセ釣りでクチブトメジナを釣った。釣り歴は5年。堤防のクロダイ、メジナを狙って房総半島に通っており、伊豆は初釣行という。

 タックルはさおがダイワ・銀狼1号5・3メートル、リールは同EM MS2510PE―H、道糸はナイロン1・85号を使用。仕掛けは棒浮きが遠矢ウキSP400遠投、ハリスは1・5号を2メートル、針はチヌ1号を使った。餌は食わせがオキアミ、コマセはマルキューの爆寄せチヌとチヌスペシャルを混ぜた。

 釣り座は赤灯堤防手前の内側で午前6時、タナ7~8メートルで開始した。堤防から5メートルほど先に仕掛けを投入し、コマセをまきアタリを待った。

 コマセが効き始めた8時ごろ、浮きがゆっくり、スーと沈んだ。すぐにアワせると強い引き。潜られないように足元の消波ブロックから離して、仲間にたも取りしてもらい、32センチをゲットした。中野さんは「このサイズのメジナは初めて釣った。鋭い引きが面白い」と笑顔で話した。

 ■深めの瀬で良型出る 旭友会太田さん、減水の鳥小屋下狙う―狩野川

 アユ釣り解禁から間もなく1カ月を迎える狩野川は、当初好釣果があったが、減水続きなどにより釣果にむらが出ている。そんな中、神奈川県鎌倉市の太田雅司さん(65)は16日、この時期としては良型の20・5センチを釣った。

 太田さんは、伊豆市雲金にある釣り宿・旭水園の釣り会「旭友会」のメンバー。友釣り歴は30年ほどで同川を中心に週3、4回さおを出している。

 この日は風が強かったため、さおは通常より短いダイワの銀影競技SL8メートルを選んだ。天井糸はフロロ0・06号、水中糸はオトリを泳がせやすくするためナイロン0・15号を使った。掛け針はダイワXPスピード7号の4本イカリを結んだ。

 ポイントは矢熊―雲金橋間の鳥小屋下に入った。減水しているので、深みのある瀬にオトリを集中的に泳がせた。アユの追いはいまひとつだったが、魚がたまっていそうな場所を探ると良型が掛かった。釣果は午前10時~午後2時までで、12~20・5センチが7匹だった。

 太田さんは「きょうは大会の下見なので数にはこだわらず、いろいろ試してみた。アユの友釣りは自然と対峙(たいじ)して、仕掛けなどを考えて釣るのが魅力」と話した。

 ■港内で手軽に船釣り気分 沼津戸田・たか丸

 沼津市戸田港の釣り船・たか丸は、戸田湾内に係留してある船での釣りを行っている。渡し船に乗って係留船までは1~2分、手軽に船釣り気分が味わえる。現在はアジ、サバ、マダイ、クロダイなどが狙える。釣った小魚を餌にして泳がせると、ヒラメなどの大物も期待できる。

 日中の釣りは午前6時~午後4時で1人2500円、好きな時間に乗船、下船ができる。夜釣り(2人から受け付け)は午後10時半までで1人3500円。共に氷付き。貸し道具あり。問い合わせはたか丸〈電0558(94)3214〉へ。

 ■菊間将人の釣りコラム49=釣りの神様認めた天才 師匠、森田建次さんしのぶ 

 3月13日の夜、私の釣りの師匠である森田建次さんの訃報を聞き、言葉を失った。

 その3週間前に、私はお姉さんから「心筋梗塞を発症し、順天堂大学医学部付属静岡病院へ緊急に運ばれ、カテーテル手術を受けたが、容体は予断を許さない状態である」と聞いていた。しかし、私は師匠の屈強さを誰よりも知っていたので「絶対に大丈夫、必ず元気になり、また一緒に釣りができる!」と信じて疑わなかった。

 森田建次さんは「モリケンさん」の愛称で親しまれ、とても面倒見が良く、伊東の釣り師ならば誰もが知るレジェンドだ。

 世の中にはたくさんの釣り名人が存在し、彼らはある釣法やターゲットには確かに飛び抜けた腕前を持っている。

 だが、師匠のようにあまたのターゲットに対し、TPO(時間・場所・状況)を的確に判断し釣法を選択、そして実践し釣果をたたき出せる、超オールラウンドプレーヤーは、ほかに見たことがない。まさに釣りの神様のお眼鏡にかなった“天才”であり、私は常々「50年に1人出るかどうかの達人」であると思っていた。

 そして、何よりもすごいと驚嘆するのは、新たな釣法を生み出す、独創性にあふれていたところだ。具体的にそれらを始めた年代と共に列記すると、ルアーのヒラスズキ・スズキ1973(昭和48)年、アオリイカのウキ釣り75(同50)年、ボートのカイワリサビキ76(同51)年、魚皮バケのメッキ釣り77(同52)年、両軸リールのカゴ釣り84(同59)年、磯の青物ルアー85(同60)年、沖磯のカゴ電動リール釣り98(平成10)年など、数え上げると切りがない。

 これだけでも、いかにプログレッシブ(進歩的)であったか十分に分かり、「師匠の前に道はなく、険しい道を自らの努力とセンスの良さで切り開いてきた」と言えるだろう。

 私は12歳で師匠と出会い、以来43年間ひとときも途絶えることなく、一緒に釣りをさせてもらった。その回数は優に1500回を超えただろう。

 師匠の釣りは「広く! 深く! そして一度始めたら納得いくまでとことんやる!!」という姿勢だった。このスピリッツは私だけではなく、仲間たちにも引き継がれ、皆がそれぞれに上達することができた。

 通夜の席に集まった誰もが「釣りに関することをたくさん教えていただき、本当に感謝の気持ちしかない」と涙を流した。

 師匠とは、お互い年金生活になり暇ができたら「昔のように伊豆半島を巡り釣りまくろう!」と約束していた。「年は取っても2人のタッグならば、誰にも負けはしない」とばかを言っていたが、それもかなわぬ夢となってしまった。

 今は「釣り」に「仕事」に休むことなく、疾走し続けた師匠に「安らかにお休みください」と、心からご冥福をお祈りするだけである。

 (伊東市、ダイワ・フィールドテスター)

 【写説】32センチのメジナをゲットし笑顔の中野さん=伊豆市の土肥港

 【写説】20・5センチの良型を手にする太田さん=伊豆市雲金の旭水園

 【写説】船釣りで釣った大型アマダイを持つモリケンさん

 【図説】伊豆釣行場所

 【図説】伊豆釣行潮時表