航さん(中央)と翼さん(左)を囲む夕食は家族団らんの場。ささやかでも確かな一歩を積み上げる日常を大切にしているという=伊東市宇佐美

 「これ、航(わたる)がプレゼントしてくれた圧力鍋なんです。骨付き肉も柔らかくなるし、何でもおいしく煮込めますよ」―。伊東市宇佐美のパート従業員黒田操さんは顔をほころばせ、障害者就労支援施設に通う次男航さん(18)が“初任給”で買ってくれたという鍋を披露した。障害者の地域社会における共生を目指す障害者総合支援法施行から4年。黒田さん家族の歩みを通して障害者支援の現状を探った。

 一家は4人暮らし。航さんは自閉症と知的障害、長男の翼さん(20)も広汎性発達障害とそれぞれハンディがあるが、兄弟は人なつっこく、家族の食卓は笑いが絶えない。

 操さんが航さんの異変が気になりだしたのは生後1歳半ごろ。健診で自閉症が疑われ、普通保育園への入園が認められず、障害児のための保育園に通園した。その後、翼さんにも障害があることが分かった。「なぜ私の子どもが2人とも」―。操さんの苦悩の日々が始まった。「障害に気付いて顔色を変える人を見るのが怖くて私から目をそらし、下を向くようになった」とつらい過去を振り返る。

 そんな操さんを励ましてくれたのは他ならない幼い兄弟だった。邪気のない母親思いの2人から元気と勇気をもらい、前向きな自分を徐々に取り戻した。そして現在の夫で会社員の重光さんと再婚。2人をわが子のようにかわいがり、しかる重光さんが養子縁組を願い出て親子、家族の絆はさらに強まった。

 翼さんは昨年春、県立あしたか職業訓練校から地元スーパーに就職した。障害者枠で身分はパートだが、社会人として第一歩を踏み出した。航さんも県立東部特別支援学校伊豆高原分校を今年卒業し、熱海市網代にある障害者就労支援施設「NPO法人熱海ふれあい作業所」に入った。施設や仲間、空き瓶の選別作業など、心地良さを気に入った本人の強い希望だった。

 同作業所で利用者が得られる工賃は月平均約4万円。一般就労が困難で平均1万5千円のB型施設では群を抜く。航さんが20歳から受給資格を得る障害者年金と合わせた収入は月10万円となる計算だが、自立となると心もとない。保護者の多くが自身の死後のわが子の生活に不安を抱くのは言うまでもない。

 地域社会との共生、雇用促進など、法制度は充実・強化が図られてきた。施設にかわるグループホームの開設も進み、徐々に障害者の自立も始まっている。だが、生産効率を重視する市場競争と無理解の“壁”があって工賃は伸び悩み、国が給付する支援職員の報酬も低く抑えられて離職率が高い。同作業所の荻沢洋子理事長は「お金もマンパワーも足りず綱渡りの運営」と嘆き、一層の公的支援の必要性を訴える。人の無理解にも言及し、「ぜひ施設を見に来てほしい。利用者の仕事ぶり、生活に驚くはず」と語る。

 黒田さんが「一番大切」と語ったのは航さんが心地良く生き生きと過ごせる同作業所のような人がいる場所だ。「そんな居場所があればお金は二の次。あとは周囲の人たちが温かく見守って寄り添ってくれたらうれしい」。 (熱海新聞・晴山文人記者)

 【写説】航さん(中央)と翼さん(左)を囲む夕食は家族団らんの場。ささやかでも確かな一歩を積み上げる日常を大切にしているという=伊東市宇佐美