■世の移ろい思う辞世の歌

 夢に逢う「まだ生きてたの」と故き友目をまるくする夜の訪れ

(2017年6月号より)

【評】「夢に逢(あ)う」、誰とでしょうか。友、故(ふる)き友と夢で逢ったのです。作者は、106歳になります。それで、友に夢で「まだ生きてたの」と言われたのです、それも驚いたように目を丸くして言われたのです。その友は、もちろんすでに亡くなられているわけです、「旧(ふる)き友」でなく「故き友」と「故」の文字を用いています。結句の「夜の訪れ」になにかしら、悲哀のようなものがにじみます。また友が夢に現れて「まだ生きていたの」と言われるのではないだろうかと言った余韻を感じるのです。

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百六年世の移ろいをしみじみと思いに浸る梅雨の夕暮れ

(6月号より)

【評】作者は、9月6日に永眠されました。この作品は、作者が公にした最後の作品だと思われます。いわば辞世の歌と言ってもよろしいかと思います。

 「百六年世の移ろい」、明治、大正、昭和、平成と生き抜いた作者、その106年の世の移ろいをしみじみと思い返したのでしょう。折しも梅雨の季節それも夕暮れ時でした。「思いに浸る」が、縁語的な意味合いもあり「梅雨」と響き合う感じがしました。「夕暮れ」もなにか作者の晩年を暗示しているようにも感じます。この歌の読み方としましては、「百六年世の移ろいをしみじみと」で一拍間を置いて、「思いに浸る梅雨の夕暮れ」と読み下(くだ)すとよいでしょう。文字通りしみじみと作者の思いが伝わってきます。

 ご冥福をお祈りいたします。

〓(2662)はダイヤ(白)

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