資料館に展示されている刺繍画

 ■忍耐と奉仕の精神、映画化 

 既に廃灯となっている、漁船目標灯台・稲取灯台・黒根岬の灯台・北防波堤灯台の他には、稲取岬灯台と3基の防波堤灯台がある。また、黒根岬の灯台のレンズを使用した擬似(模擬)の灯台もあるので、記録をたどると、少なくとも9基の灯台の存在が分かる。

 稲取は「灯台」の町であるが、歴史的には「天草(てんぐさ)」の町であり、「模範村」の町であり、「婦人学級」の町でもある。しかし、町では先人の偉業や歴史を物語る案内などはほとんど見かけない。

 戸茂呂(ともろ)岬の明かりをともし続け、歴史を後世に残そうとした、萩原家4代の方々の奮闘は、壮大なドラマであり、すげの生きた歴史は「おしん」のような忍耐と努力に、責任感と奉仕の精神が加わっている。

 すげの義理の娘(長男の妻)が映画化を望み、その強い思いを後世に託していることが、新聞(沼津版)に掲載されたことは、あまり知られていない。刺繍(ししゅう)で作った作品を売りながら、1人で資金を集めていたが、諸般の事情で計画が進んでいないことは、残念なことである。

 義理の娘が町に寄贈した資料館には、灯台の歴史を記録した資料やその他、多くの刺繍画が展示されている。コンピューターミシンが普及していない時代に、一枚ずつ美しい刺繍画を作成する作業を続けていたことは、すげの忍耐力に通ずるものがある。

 稲取灯台に関するホームページがあり、刺繍画の一部を見ることができる。アドレスはhttp//www9.plala.or.jp/iyama/toudai.htmlまたは「旧稲取灯台」で検索する。

 萩原家の「奉仕の精神」から連想し、なぜか「赤十字社」が思い浮かんだ。初代社長の佐野常民(佐賀七賢人の一人、記念館が佐賀市内にある)は初代(?)灯台頭であり、別邸が伊豆にあった、というつながりがある。

 【写説】資料館に展示されている刺繍画