十二世本因坊丈和出生の地碑、揮毫(きごう)は二十五世本因坊治勲名誉名人

黒−西島信也(伊豆本因坊)(二子) 白−金子真季(日本棋院棋士初段) 観戦記−宗像克典(日本棋院伊豆支部長)

 本因坊といえば、伊豆からは江戸時代に十二世丈和と十四世秀和の2人を輩出しています。秀和については土肥に最福寺というゆかりの地がありますが、丈和については本人が出自については多くを語らなかったためか、出生地については不明な状態でした。

 しかし、近年沼津木負であると確定されたことにより、昨年12月に丈和の出生地碑がその地に建立されました。場所は淡島から海岸沿いに南へ木負西口バス停すぐです。駿河湾を挟み富士山を見つめる方向に立てられていますので、囲碁ファンの皆さま、土肥の秀和と併せてぜひ上達祈願詣でしてください。

 局面は戦いの様相になってきました。白57は生きるためではなく、(イ)ツケを狙っています。白67と守られ、黒68は「(ロ)に受けたら(ハ)にスベろうと思った」(西島さん)のですが、相手は宗像ではありません、プロですよ。甘かったか、上辺が大きくなってきました。

 これではいけないと、黒70様子見から行動を開始、黒80と攻め込みます。黒92まで必然的に進み大きな黒地ができました。

 白は93から黒地削減にかかり、黒もゆるさんとばかりに最強手96サガリで応戦、100でせん滅を狙いますが、これがこの場面では打ちすぎになってしまいました。なぜかは次譜で判明します。

 【図版】第2譜(50~102)

 【写説】十二世本因坊丈和出生の地碑、揮毫(きごう)は二十五世本因坊治勲名誉名人

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■−西山嵩人(伊豆名人) □−渡部愛(女流二段) 自戦記−西山嵩人

 途中図まで進んだところです。まずまずかと思っていたところに、いきなり□8六歩と仕掛けられました。以下、■同歩□6五歩■同歩□7三桂と、「開戦は歩の突き捨てから」の格言に倣った指し回しで、うまく攻め合いに持ち込まれました。最初は■3四歩□5一角をいれてから■5八金で受かると思っていたのですが、□6六歩と当たりを厳しくしてからの□6五銀が厳しく、とたんに自信がなくなりました。

 ここからは後手の攻めを先手がしのぐ展開が続きます。特に、□6二飛に■5七銀と引いたところでは何かあってもおかしくありませんでした。例えば、□6五桂■6六銀□6一飛■7七歩□8四角■4八角でどうか。□6六角■同角□5七銀が厳しそうに見えます。以下、■同金は□同桂成■同角□6八歩成でつぶれですが、■6二歩□同飛(□5八銀成は■7六歩でどうか)■7六歩□6六銀成■8四角と切り返して意外に難しそうです。精神的には苦しかったのですが、実際の形勢はあまり差がついていなかったのは幸いでした。

 さて、本譜は□2四金から互いに傷を消し合って、仕切り直しです。形勢が動き始めたのは□3三角■6六歩□6五歩に■3七角と出たところでしょうか。対局後の感想戦によると、指しづらい手ですが□6二金と受ければ難しかったようです。本譜は□6六歩■同銀□6五歩■5五銀で後手の大駒を抑え込むことができ、先手有利に傾いたと思います。

■3五銀  □8六歩

■同歩   □6五歩

■同歩   □7三桂

■3四歩打 □5一角

■5八金  □6六歩打

■同銀   □6五銀

■2四歩  □7六銀

■2三歩成 □同金

■5九角  □8八歩打

■同金   □6七歩打

■7八玉  □6二飛

■5七銀  □2四金

■4六銀  □3四銀

■6三歩打 □同飛

■7七歩打 □8七歩打

■9八金  □4五歩

■5五銀  □5四歩

■6四歩打 □6一飛

■5四銀  □6四飛

■7六歩  □5四飛

■6七金  □3三角

■6六歩打 □6五歩打

■3七角  □6六歩

■同銀   □6五歩打

■5五銀  □5三飛

■4四銀打 □6六銀打

■5三銀不成□6七銀成

■同玉   □5三金

 【図表】指始図(■3五銀まで)

 【図表】指了図(□5三金まで)