肥田浜五郎について語る米村さん(手前左)=渚町の伊東東郷記念館

 ■「時代に求められた人」

 伊東自然歴史案内人会・伊東東郷記念館部会はこのほど、伊東市渚町の同館でミニ講話を開いた。幕末から明治にかけて活躍し「日本の造船の父」ともいわれる同市八幡野出身の肥田浜五郎(1830~89年)の後半の人生について入館者に話した。

 講師は案内人の米村邦臣さんが務めた。米村さんは、浜五郎が所長を務めた横須賀造船所で、地元天城の材木を使い軍艦「天城」を造ったことに言及。「天城に乗って活躍した東郷平八郎元帥はきっと浜五郎に対して『ありがとう』と感謝したに違いない」と期待を込め語った。

 さらに「あの時代には珍しい技術官僚(テクノクラート)。誠実で謙虚な“伊東人”であり、時代に求められた」などと人物像に迫った。

 岩倉使節団に随行し岩倉具視に才能を見い出され、宮内省初代の御料局長官に就任したこと、藤枝駅で不慮の事故により命を落としたことも紹介した。

 【写説】肥田浜五郎について語る米村さん(手前左)=渚町の伊東東郷記念館