井戸川遺跡発掘の様子(2010年4月撮影)

 ■井戸川遺跡に関連陶磁多数 「市史・通史編歴史1」に記載

 伊東市中興の祖とされる伊東祐親の居館のあった場所が伊東市和田の仏光寺周辺であるとの説が浮上している。このほど刊行された「伊東市史 通史編 伊東の歴史1−地形形成から戦国時代まで」は、この説を詳しく記載している。

 仏光寺周辺が伊東家の居館跡であるという根拠として、▽地名研究が進み、仏光寺周辺は過去に居館の周囲を巡る堀の内側を指すことが多い「堀之内」という地名であった▽1974年に発行された「伊東町誌」で、仏光寺境内の修復工事を行った際、伊東家の館に付随する庭園が土中に埋まっていたと記載されている▽伊東家とつながりのある平家は日宋貿易を進め、仏光寺近くの井戸川遺跡で貿易陶磁が多数発見された−などを挙げている。

 旧版伊東市史などでは、竹の内や物見塚が居館であるという説が有力で、特に物見塚は、市民の間で一般的に伊東家の居館跡であると広く知られている。物見塚が館の物見施設で、周辺の地名の歴史的な雰囲気から、物見塚周辺が伊東家の館であるのが旧版伊東市史の見解だった。

 伊東祐親は平安時代末期の伊豆の武将。同市では毎年「伊東祐親まつり」などが開かれ、英雄として顕彰されている。

 【写説】伊東市の井戸川遺跡発掘の様子(2010年4月撮影)

 【写説】伊東祐親の像が立つ物見塚公園=伊東市大原