第5中継所の烏丸紫明で菅沼選手にたすきを手渡す渡辺選手=京都市内

 ■持ち味発揮、笑顔で中継 川口監督「10位台は合格点」

 「全国高校駅伝競走大会」(日本陸上競技連盟など主催)が23日、京都市の西京極総合運動公園陸上競技場をスタート・ゴールに行われ、第69回の男子(7区間42・195キロ)に、伊豆の国市の県立韮山高陸上部チームが出場した。67年ぶり、3回目の県代表として、3年生を軸に7選手がたすきをつないだ韮山は、2時間8分20秒、19位でゴール、大健闘した。倉敷(岡山県)が歴代4位の2時間2分9秒で2年ぶり2度目の優勝を果たした。(伊豆新聞・佐々木誠一記者、伊豆日日新聞・土屋春菜記者)

 県大会では4区を走ったエース小沢大輝選手(3年、裾野深良中出)が1区(10キロ)、県で1区区間賞の小木曽竜盛選手(同、三島北中出)は3区(8・1075キロ)、県大会以降の成長が目覚ましい河田太一平選手(同、同)は4区(8・0875キロ)、県でアンカーを務めた主将の大沢健人選手(2年、沼津五中出)が最短の2区(3キロ)を任され、それぞれの持ち味を生かして10位台を保った。最終7区(5キロ)は池谷太一選手(同、伊東南中出)が6人の思いを受け継ぎ、19位でゴールした。3年生を中心に“ひのき舞台”の都大路を笑顔で伸び伸び駆け抜け、川口雅司監督の采配による前半勝負の期待に応えた。

 川口監督は「一時は10位以内を走るという場面をつくりたかったが惜しかった。しかし皆さんにワクワクしてもらえたら満足。選手たちは良くやってくれた。全国の舞台で10位台は合格点。前半では3年の選手たちが、後半の5、6、7区でもよく粘ってくれたと思う。笑顔でたすきをつないでもらうことの約束は果たせたのでは」と語った。アンカーの池谷選手は「歓声を受け走った5キロが全部楽しかった。初めて走った全国での貴重な経験を糧に、もっと速い選手になりたい」と目を輝かせた。

 同校は1950(昭和25)年の第1回大会は12位、51(同26)年の第2回大会は17位を記録している。66年(同41年)以降、都大路が舞台になってからは初出場だった。

 【写説】第5中継所の烏丸紫明で菅沼選手にたすきを手渡す渡辺選手=京都市内

 【写説】歓声を受けゴールを目指して力走するアンカー池谷選手=京都市の西京極陸上競技場