園児とともに花輪をささげる下田、ニューポート両市長=下田市三丁目のペリー上陸記念公園

 下田市の「第78回黒船祭」が19日、開幕した。初日は天気に恵まれ、米派遣鑑への儀礼訪問、ペリー艦隊来航記念碑献花式、日米交流会、米海軍主催墓前祭などが行われた。20日はメーン行事の記念式典と公式パレードを催す。祭典は21日まで。

 ペリー艦隊来航記念碑献花式は、三丁目の下田内港入り口にあるペリー上陸記念公園で行われた。市側から市、市議会、市内各種団体長、米側から姉妹都市ニューポート市関係者、ペリーの子孫4人ら約40人が出席。

 下田中吹奏楽部による日米両国の国歌演奏に続き、出席者は市立下田保育所の園児とともに記念碑に花輪や花をささげ、日米友好の先駆者の功績をたたえた。

 福井祐輔市長は、黒船来航が明治維新、日本の近代化の契機となったとして「われわれは、ペリー提督の遺徳と恩恵を大切にしなければならい」と、2都市間の友好関係を深めていく決意を表明した。

 ニューポート市のヘンリー・ウィンズロップ市長は「ペリー提督も、両国の関係がここまで素晴らしいものになるとは思っていなかったのではないか。温かいおもてなしに感謝します」とあいさつした。

 ペリー上陸記念碑は1966年、当時の下田町ペリー艦隊来航記念碑建設委員会が下田海上保安部前に建立。2002年1月、市制30周年を記念し、ペリーが上陸した通称「鼻黒」付近を公園化し、移設した。

 碑にはペリー胸像とともに「ペリー提督は日米友好の先駆者。1854年4月18日、艦隊7隻を率いて入港。上陸して6月17日、了仙寺において日米和親下田条約を締結した。これにより下田は日本初の開港場となった」と碑文が刻まれている。

 ■「ペリーの偉大さ分かった」 12年ぶり子孫が参加

 来訪したペリー提督の子孫は、ルイス・ホワン・ヒズロットさん(75)夫妻と、キャロライン・ニコラスさん(48)夫妻。いずれも初めての下田訪問。子孫の黒船祭参加は、12年ぶり2度目となる。

 ヒズロットさんらはペリーについて「かなり昔の祖先なので、詳しい話は聞いたことがないが、実際に使っていた椅子や黒船の絵などの遺品が残っている」と説明。黒船祭に参加し「ペリー提督の偉大さや、日本にとって黒船来航がどれほど大きな出来事だったのか、初めて分かった」と述べた。下田の印象を「素晴らしい景色。海がきれいで、ニューポートやロードアイランドと似ている」と話した。

 ヒズロットさんは、20、21日の下田条約再現劇に特別出演する。「劇の写真をペリーとミドルネームが同じ息子に見せるのが楽しみ」と笑顔をのぞかせた。

 ■下田小で交流会 海兵とけん玉

 下田市立下田小(森本幸平校長、児童247人)は、米海軍第7艦隊ミサイル駆逐艦・マスティン号の海兵20人を同校に迎えて「黒船交流会」を開いた。児童らが歌や踊り、ゲームなどを通して親睦を深めた。

 昨年に続き、市と英語教育の提携を結ぶ玉川大の学生25人も通訳などのサポート役で参加した。

 児童たちは、海兵たちが校舎入り口に到着すると、手作りの米国旗を振りながら「USA」と声を上げて歓迎。教室では、けん玉やこま回し、学生たちが企画した似顔絵作りや紙飛行機作りなどを一緒に楽しんだ。体育館では、全員で「大きな古時計」の歌や「花笠音頭」の踊りを披露し、カードの絵を参考に仲間を見つけるゲームも行った。

 6年生の石塚比奈子さんは「海兵さんは接し方がとても優しかった。良い経験だった。将来海外に留学したい」と声を弾ませた。海兵のトーマス・マルチネスさん(37)は「温かく歓迎してくれて感激した。お手玉は初体験だったが楽しかった」と笑った。

 【写説】園児とともに花輪をささげる下田、ニューポート両市長=下田市三丁目のペリー上陸記念公園

 【写説】ヒズロット夫妻(右側)とニコラス夫妻=ペリー上陸記念公園

 【写説】けん玉遊びで米軍海兵と交流する児童ら=下田市の下田小