慶応年間(1865~68年)の池津珍蔵(川名さん提供)

 南伊豆町子浦出身で、幕末に生糸を輸出し巨万の富を得た貿易商・池津珍蔵(いけづ・ちんぞう)=1837~68=を顕彰しようと19、20日の両日、子浦に残る生家で子孫が資料展示会を開催する。貴重な貿易契約書の複製品などを並べ、偉人の足跡をたどる。珍蔵のやしゃごで中心となり準備を進める元大学図書館司書・川名美子さん(69)=千葉県船橋市=は「子浦が江戸時代、風待ち港として栄えた名残が池津家には多くある。地域の資産としても、珍蔵の活躍を伝えたい」と話す。

 ■生糸輸出で巨万の富 やしゃご・川名さん「活躍伝えたい」

 珍蔵は西子浦に生まれた。戦前の下田で作られた雑誌「黒船」の珍蔵の業績をまとめた連載(5巻10号~6巻4号)によると、珍蔵の父松慶は老中・松平定信の典医だったという。

 珍蔵は60年秋、下田でばくちに負け船を取られそうになり横浜へ逃れた。英国人商人ケンフネルに気に入られ海運業を営み、伊豆屋徳三郎を名乗り大阪や兵庫へ回船を出し生糸を輸出した。

 全盛期には幕府へ金数百両や8ポンド砲を献納したという。明治改元直前の67年に当時は希な外遊へケンフネルと共に出掛け米国、英国、フランス、イタリアを巡った。帰国後、現在の長野県松本市へ生糸買い付けに行き、旅先で亡くなった。「新撰大人名辞典」(平凡社)には62年にも、英国とフランスへ渡航し大金を得たという記録がある。

 珍蔵の残した資料は長年子浦の生家にあったが2002年、川名さんが中心となり300点を保存のため神奈川県立公文書館へ寄贈した。

 川名さんは「寄贈の際に全ての資料を複製し手元に持っているが、このままでは紙くずになる。あるべき場所の子浦の家で多くの人に見てほしい」と語る。展示会ではケンフネルとの間に交わした貿易契約書や献金受領書などの複製品十数点や、池津家に残された工芸品を並べる。

 生家は木造平屋建てで一部の柱や梁(はり)は当時のままだが、一時期民宿を営んでいたため外観などが大きく変わったという。川名さんは「珍蔵の業績が周知されれば人が訪れる場にできる。元のように復元し常設の展示場にしたい」と今後の活用も見据える。

 時間は19日が午前9時~午後4時、20日は午前9時~午後3時に行う。場所は子浦1519で問い合わせは川名さん〈電047(425)3968〉へ。

 【写説】慶応年間(1865~68年)の池津珍蔵(川名さん提供)

 【写説】現在の池津珍蔵の生家=南伊豆町子浦