「傾城塚」でのお吉供養祭で「唐人お吉」を舞う天花さん=下田市高馬

 下田市民を中心とした有志でつくる「幕末お吉研究会」(杉本武代表)は23日、下田市高馬の「傾城塚(けいせいづか)」で初の「お吉慰霊祭」を開いた。研究会のメンバーや一般市民ら約30人が参列し、お吉の供養塔に献花・焼香した。傾城塚脇の民家では、杉本代表が「傾城塚」の由来を解説した。

 同研究会によると、傾城塚は長年にわたり同じ場所に建つ「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」を指すものと思われていたが、その隣にある小さな石仏がお吉の供養塔であることが近年の調査で分かった。少年時代にハリスに仕え、お吉の実像を知る西山助蔵(1842~1921年)が中心となって建立したという。

 由来を知った土地所有者が周辺を整備し、野ざらしだった石仏を新しく建てた祠(ほこら)に移した。祠が完成したのは一昨年の12月22日、奇遇にもお吉の誕生日(天保12年11月10日=西暦1841年12月)だった。

 研究会は、傾城塚整備2周年とお吉誕生176年を祝い、慰霊祭を企画した。

 慰霊祭には、下田の芸妓置屋「桝家(ますや)」の女将(おかみ)奈美さんと、売り出し中の新人芸妓天花さんが駆け付け、「正調『唐人お吉』」と「やっこさん」を披露した。奈美さんは「下田芸者は、お吉さんあってこそ。お吉さんの祭事には何を置いても、とはせ参じました」とあいさつした。

 杉本さんは、来場者を前に「由来を知り、丁重に供養する気持ちが大切だと思う。安直楼と傾城塚はお吉さんの証し。今後も大事にしてほしい」と呼び掛けた。

 傾城塚の由来は、下田開国博物館などで扱う「安直楼始末記」(同研究会発行、定価1800円)に詳述されている。

 【写説】「傾城塚」でのお吉供養祭で「唐人お吉」を舞う天花さん=下田市高馬