虫干しされる山岡鉄舟直筆の大幟の原書=河津町田中の川津来宮神社

 河津町田中の川津来宮神社で5日、山岡鉄舟(1836~88年)直筆の「大幟(おおのぼり)」の原書(縦約20メートル、幅約2メートル)2本の虫干しが行われた。厳しい暑さの中、田中区の幟当番班約20人が半日かけ汗を流した。

 原書は「惟誠為至極(おもふにまことはしごくたり)」と「惟中為至正(おもふにちゅうはしせいたり)」。誠の心と、心のぶれない中心が大切である―ことを意味する。

 同神社奉賛会の資料によると、明治初期に「名の知れた人が書いた大幟を作ろう」と語り合っていた村人が、皇居二重橋改修に使う河津の沢田石を切り出すため滞在していた工事関係者と将棋を指した際、幕臣で書家としても名をはせた鉄舟と親交があるとの話を聞き揮毫(きごう)を依頼した。

 1882(明治15)年、村人が東京に出向き書いてもらい、お礼に上木炭50俵を贈ったという。さらに京都の染物屋に書を持ち込んで綿の大幟を制作した。大幟は秋の例祭で毎年掲出している。

 虫干しは土用の丑(うし)の日前後に毎年行っており、お籠(こも)り堂で原書を慎重に陰干しした。当番班は「地元の宝を大事に継承している」と話した。大幟も境内で天日に干した。

 【写説】虫干しされる山岡鉄舟直筆の大幟の原書=河津町田中の川津来宮神社