ロシア人墓地慰霊祭で読経を唱える村上住職=下田市柿崎の玉泉寺

 幕末開港時のディアナ号の史実に基づく「日ロ友好交流事業」(同実行委員会、下田市主催)が24日、下田市で行われた。ディアナ号の乗組員ら4人のロシア人が眠る玉泉寺で慰霊祭を営み、市民文化会館で講演会を開いた。北方領土問題にわずかな光明が見え始めた中、日ロ友好交流の思いを新たにした。

 日ロ首脳間で合意した2018年の「日本におけるロシア年」にあわせ、総務省から委託を受けた事業。ロシアと関係が深い下田、富士、沼津(戸田)の3市で各種事業を行っている。

 慰霊祭には日ロの関係者約30人が参列。村上文樹住職による読経と、ボドヴォリエ聖堂神父による祈とうに続き、花輪の奉献と献花を行った。

 福井祐輔市長は「ディアナ号の来航と日ロ和親条約締結の地である下田市としては、今後も日ロ交流の原点の地として日ロ交流の促進に向けた役割を果たしていく」との決意を示し、駐日ロシア大使館のドミトリー・ビリチェフスキー公使は「あのころ(幕末)から始まったロシアと日本との友好関係が末永く続くよう力を合わせていきたい」と呼び掛けた。

 講演会は、下田開国博物館の尾形征己館長が「プチャーチンと下田」、新潟県立大学の袴田茂樹教授が「日ロ交流の歴史と今後の日ロ関係」をテーマに、それぞれ講演した。

 【ディアナ号を巡る日ロ交流の歴史】

 1854年11月、安政大地震が発生。日ロ交渉のため下田港に停泊していたディアナ号は大津波で大破。大砲の下敷きになり死亡した乗組員もいたが、プチャーチン提督が軍医を上陸させ、日本側に治療を申し出た。ディアナ号は修理のため戸田へ回航中、暴雨風に遭い富士沖で沈没し、地元漁民が乗組員を救出した。戸田で代船「へだ号」を建造し、帰還した。

 【写説】ロシア人墓地慰霊祭で読経を唱える村上住職=下田市柿崎の玉泉寺