県職員から遺骨を受け取る幸雄さん=南伊豆町上賀茂の自宅

 ■「夢にも思わなかった」 

 旧南中村(現南伊豆町)上賀茂から出征しシベリア抑留中に亡くなった渡辺幸治陸軍兵長の遺骨が21日、故郷の遺族のもとに引き渡された。非業の死から73年を経て、渡辺兵長の次男幸雄さん(77)が受け取った。

 渡辺兵長は1913年3月15日生まれ。農林業に従事し3人の子宝に恵まれたが、44年10月に出征した。中国とソ連の国境付近で警備に当たり、その後行方不明になった。

 終戦直後は資料が乏しく戦死と推測されていたが、平成に入りソ連の抑留中死亡者名簿に、渡辺兵長の名前が見つかった。資料では肺結核のため45年11月20日に亡くなり、チタ州(現ザバイカル地方)第52番収容所第2支部に葬られていた。

 政府派遣の遺骨収集団が現地の遺骨を持ち帰り、今年に入ってDNA鑑定で渡辺兵長の遺骨が特定された。

 幸雄さんは「父の出征のとき万歳したことを覚えている。戦争の傷痕はまだ残る。遺骨が帰るとは夢にも思わなかった」と話した。

 【写説】県職員から遺骨を受け取る幸雄さん=南伊豆町上賀茂の自宅

 【写説】出征前の渡辺兵長(幸雄さん提供)