520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故から、きょうで32年。入社2年目、その夜のことは鮮明に覚えている。仕事を終え、先輩や同僚と立ち寄った大仁の飲食店で「東京発大阪行きの日航123便がレーダーから消えた」とのニュース速報が流れ、思わず顔を見合わせた

 ▼飛行ルートは伊豆半島にかかり、機体の破片が稲取沖や松崎の山中で発見され、本紙も無関係ではなかった。余談ながら当時、伊豆上空を異常飛行する飛行機を目撃したと語っていた父は、奇しくも5年前の8月12日に旅立った

 ▼この事故を題材に数多くの作品が生まれた。特に山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」は当時の日航の経営体質を絡め、横山秀夫さんの「クライマーズ・ハイ」は墜落現場となった群馬県・上毛新聞社の苦悩と熱い記者魂を描いた秀作だ

 ▼名曲「上を向いて歩こう」で知られる歌手・坂本九さん(当時43歳)も犠牲者の一人。小学6年で父を亡くし、同じ年齢になった長女大島花子さんの記事が先日の読売新聞にあった

 ▼東日本大震災の被災地で歌う活動を続ける花子さんは、被災者に「悲しみは無理して乗り越えなくていい」という思いを訴えているという。命の重みと事故防止を改めて思う。