晩春即事

乳燕穿簾驚夢魂

窓前新樹緑陰繁

晴風吹送残花片

知有誰家春色存

乳燕簾を穿[うが]って夢魂驚く

窓前の新樹 緑陰繁し

晴風吹き送る 残花の片

知る 誰[た]が家にか春色の存する有るを

     ◇……………………◇

(語釈)

乳燕=雛[ひな]を育てている燕[つばめ]。(子燕、の意にも用いる)。

(訳)

 晩春に

燕飛び交う窓に覚めれば

庭面[にわも]の樹々[きぎ]は緑いや増す

暖風吹いて花びらは舞う

春の名残よ今はいずこに

 七言絶句。押韻=魂・繁・存(平声元韻)

 この詩を鑑賞するためのキーワードは、「驚夢魂」の3字である。「驚」は、目が覚める、という意味。実は、この3字は、唐の白楽天の「長恨歌[ちょうごんか]」(玄宗[げんそう]皇帝とその寵姫[ちょうき]の楊貴妃[ようきひ]の悲恋の物語の詩)に、

 九華帳裏夢魂驚 九華の帳裏 夢魂驚く

と見える。天上界に生まれ変わって仙女となった楊貴妃を、玄宗皇帝のお使いの方士(術遣い)が訪ねるシーン。「花模様のとばりの中の夢見る魂(仙女となった貴妃)は、お使いが来たと聞いて、ハッと目覚める」。

 つまり、「夢魂驚く」の語は、美女が目覚める場面を描く語であるから、この詩も連載第7回(2016年8月4日掲載)と同様「閨怨[けいえん]詩」(女性の悲しみを詠う)として鑑賞しなければならない。

 (起句)外では雛を育てて忙しく燕が飛び廻っている。その窓辺でハッと目覚める。

 (承句)窓の外を見ると、木々の新緑がいっせいに萌え出している。

 (転句)晴れやかな風が、散った花びらを吹き送ってくる。

 (結句)いったいどこの家に、まだ春が残っているのだろうか(春はどこへ行ってしまったのか)。

 結句は、意味深長。作中の美女の色香が移ろう(衰える)ことを暗示すると同時に、「どこへ春は行ってしまったのか」と、寵愛が他の女性の方へ移ってしまったことを暗示する、とも読める。

 「晩春即事」と題してはいるが、季節の叙景にこと寄せ、「閨怨詩」に仕立てた技巧の作。

(二松学舎大名誉教授・顧問、全日本漢詩連盟会長)