ケーブルや自宅近くに計画されたミョウバン石の選別施設について語る堤又四郎さん=西伊豆町築地の自宅

 ■壮大な勾配鉄道とケーブル計画

 中国人や朝鮮人らが太平洋戦争中に強制労働や徴用で日本国内に動員され、多くの命が失われた悲劇は、戦後72年が過ぎ、徐々に忘れ去られようとしている。伊豆半島には82人(宇久須鉱山も含めれば96人)もの中国人が、祖国への帰国を願いながら山中で倒れていった悲しい歴史がある。その舞台、西伊豆町大沢里[おおそうり]・白川の戦線鉱業仁科鉱山跡などを訪ねると意外なほど当時のままの姿を残していた。だが、このまま放置し続ければ朽ち果てるのも時間の問題だ。「戦争遺産」「歴史遺産」「負の遺産」などの史跡として残すことはできないか―そんな声が今、高まりを見せている。(文、写真 森野宏尚)

 ■終戦で幻に終わる 手堀り坑道も4本残る

 戦争の敗色が見え隠れするなか、戦況を逆転させるために事実上の国策としてミョウバン石を大量に効率よく山裾まで下ろす必要があった。急斜面などに軌道を設け、巻き上げ装置によって白川林道側に運搬するインクライン(勾配鉄道)と、鉱山から海岸近くまで鋼線を張り空中を運搬するケーブル計画が始動した。

 山中の事務所下側に白川林道方面に搬出するための道(本来は軌道)が残り、この先には4本の手掘りの坑道(トンネル)も確認された。高さ、幅共に約2・5メートル、長さは10メートル前後~最長70、80メートルほど。坑道内にはまくら木が残っていたが、レールはなかった。最奥のトンネルは天井が落ち、かすかに出口の光が見えたものの通行不能だった。

 元鉱山従業員の斉藤照武さん(90)によれば、これらはインクライン計画の一部で、慰霊碑のある現在ゲートで閉じられている白川林道を500メートルほど行った橋の少し先につなげる計画だった。「実際工事が始まったルートより上に、さらに2ルートを追加する構想もあった。インクラインの斜面ルートの図面を何度も引いたが、林道の目的地と終点がうまく合わず、苦労したのを覚えている」

 このほか鋼線を鉱山から仁科川河口まで張り、ケーブル装置で搬出する計画もあった。地図上で計測すると全長は約9キロ。斉藤さんは「昔、宇久須(硅石[けいせき]の採石場)にあったようなものを造ろうとし、採石場―八瀬山[やせやま]―大昌山[だいしょうやま]―築地[ついじ](仁科)のルートも確定、八瀬山と大昌山は実際、山を削る工事も行った」、仁科川河口左岸の築地に住む堤又四郎さん(90)は「家の近くのケーブル終点にミョウバン石を3段階ぐらいに選別する施設を造り、選別後に沢田の港まで運ぶ計画だった。精錬工場の日本軽金属から選別機械も持って来た。今も施設の一部の大きなコンクリート製構造物が残る」と説明した。

 また「ケーブルを中継する鉄塔を120カ所に建てる構想で山に土地を確保したが、実際建てるところまでいかなかった。戦後、売った値段よりも高い値段で土地を払い戻す話が国からあり、憤慨したのを覚えている。うちの裏山は里山だが、今も国有林のままだ」

 インクライン、ケーブル計画ともに軍事機密だったためひそかに進められ、完成を見ないまま終戦を迎えた。西伊豆に国を挙げて大規模な施設整備が進んでいたことを知る人は少ない。

 ■「史跡指定し保存を」 西伊豆の貴重な“戦争遺産”

 斉藤照武さんは後に町議5期、議長を務めた。町政に詳しく「戦後、同地にはゴルフ場などのリゾート開発のほか、宇久須で硅石を採掘していた企業が白川への進出も考えた。だが地元や町が反対、実現には至らなかった」

 白川集落は今、高齢者を中心にした約30戸の静かな山里だ。慰霊碑前で毎年、7月の第1日曜日を基本に中国人殉難者慰霊の集いが白川町内会の主催で行われ、同地に鉱山があった歴史をしのぶ唯一の行事。今回、斉藤さんらの証言でいろいろなことも判明した。

 西伊豆町文化財保護審議会の藤井駒一会長(73)は「戦線鉱業仁科鉱山の記録は断片的にしか残らず、これを機会に史跡指定を目指し、保存活動に取り組むことはできないか。多くがまだ残り、今がチャンス」と訴える。

 同鉱山はこれまで中国人の強制労働問題があってか、活用には目が向けられなかった。だが、ミョウバン石はじめ一帯の地質や地形は伊豆半島ジオパークとしても魅力にあふれる。また近くに林野庁指定の貴重な林木遺伝資源保護林「白川カシ群落」もあり、負の遺産であるからこそ多くの人に知ってもらい保存、活用することが大切ではないだろうか。

 強制連行問題に長く関わってきた熱海市議の山田治雄さん(90)は「過去の出来事に目をつぶることなく、同じ過ちを二度と繰り返さないためにも次世代にきちんと歴史を引き継ぐことが重要。そういう面からも史跡指定を目指すことは意義がある。ただ地元の意向を大事にしなければいけない」、藤井さんも「全く同感」と力を込めた。

 一方で最近、韓国では慰安婦問題とともに植民地時代の徴用工の問題がクローズアップされ、「中国では強制労働に関心を持つ弁護士がいて日本企業が訴えられ和解したケースも数件ある」と山田さんは話す。今後、懸念される問題ではある。

 連載スタート後、仁科鉱山に強制連行された中国人の宿舎があった山を越えた隣接集落(大城)に住む市川金男さん(80)から「子どもの頃、逃げてきた中国人が畑の泥の付いたままの大根にむしゃぶりつき、捕まって棒で強打されているのを見た。よほど空腹だったのだろう」や「俳優になる前、若い頃の三国連太郎さんがここでトラック運転手として働いていた―と父親などから聞いた」との新たな情報も寄せられた。

 【写説】ケーブルや自宅近くに計画されたミョウバン石の選別施設について語る堤又四郎さん=西伊豆町築地の自宅

 【写説】インクラインを整備するために人の手で掘られた坑道。まくら木が残り、坑道は4本確認できた

 【写説】仁科川河口付近に今も残るケーブルで運んだ鉱石を選別する施設の一部のコンクリート構造物=西伊豆町仁科・築地

 【写説】ミョウバン石を白川林道方面に下ろすために計画されたインクラインを通す坑道の入り口