米国イエローストーン国立公園内の雪上で、カメラに鋭い視線を注ぐオオカミ(米国国立公園局提供)

 ■生態系回復が最重要 提唱者、丸山東京農工大名誉教授に聞く

 かつて日本にも生息していたオオカミは、自然界の頂点捕食者だったが絶滅して1世紀余り。この間、ニホンジカやイノシシなどが増え、農作物被害や山地では緑が失われるなど獣害が顕著だ。南伊豆町ではさきごろ、ツーリング中のオートバイと、突然飛び出してきたイノシシが衝突、富士宮市の男性(51)が死亡する事故があった。決め手の対策がない中「外国からオオカミを連れて来て野に放てば害獣は減少、生態系が回復し生物多様性は守られる」と一般社団法人・日本オオカミ協会(本部・南伊豆町伊浜)は訴える。一見、無謀にも思えるが、成果を挙げている国もある。オオカミ復活の国内提唱者で、同協会長の丸山直樹・東京農工大名誉教授(75)を南伊豆に訪ね、方策を聞いた。(文、一部写真 森野宏尚)

 丸山さんがオオカミ再導入の考えに至った経緯は、シカの研究を長年してきて野生動物学会でポーランドを訪れた際だった。「アカシカを見に行き、そこでたまたま2頭のオオカミに出合った。それまでシカの生態の研究をしてきたにも関わらず、(日本でオオカミは絶滅し、いなかったため)捕食者であるオオカミのことをすっかり忘れていた」

 「国内では1980年代からシカによる自然生態系への破壊的影響が問題になっていて、解決策がない中、シカ対策などとしてオオカミを復活させることを思い立った。日本でも100余年前には生息していたわけだから、トキやコウノトリと同じように再導入すれば良いと考えた」

 日本に明治時代までいたオオカミは、本州以南のニホンオオカミと北海道のエゾオオカミだ。ニホンオオカミは前脚が短く小型で、日本の固有種と説く学者もいたが、石黒直隆・岐阜大名誉教授のDNA解析によって北半球に多く生息するハイイロオオカミ(タイリクオオカミ)の亜種と分かった。比較的大柄なエゾオオカミも、同様の調査でハイイロオオカミの亜種でカナダやアラスカに分布する集団に近いことが確認された。

 ニホンオオカミは今から約9万~12万5千年前、エゾオオカミは約1万4千年前にハイイロオオカミから枝分かれしたと推定される。陸続きだった頃に日本に渡って来て、日本の風土、餌環境などで独自の進化を遂げた。本州と北海道の間は海だったため両種は交わることはなかった。このため丸山さんは本州以南は中国やモンゴルなど、北海道はロシアやアラスカなどのハイイロオオカミ導入を提案する。

 「元々、日本にいた種類のため外来種ではなく何ら問題ない。頂点捕食者だったオオカミを復活させ、生態系を元に戻すことが最重要だ。皆さんが最も心配する『人を襲う』ことは、欧米の先進事例からも通常あり得ない。再導入することで生態系に備わっていた機能が元通りに働き、シカやイノシシ、ニホンザルなど、今わが国で問題になっている野生動物の数が適正に調整される」とオオカミ導入の意義を説いた。

 丸山さんは10年以上前、伊豆半島への再導入を提案したことがあったが、一部住民らの賛同が得られなかった。「今、オオカミ復活は世界的な潮流になっている。日本は考え方が100年遅れている」と指摘する。

 ■「怖い」「悪者」イメージだが、科学的データで理解広がる―欧米

 オオカミと聞くと「怖い」「悪者」といったイメージがある。欧米も日本も共通で、フランスの作家ペローの「赤頭巾[あかずきん]」やグリム童話、イソップ物語など事実とは異なる民話や寓話[ぐうわ]の影響が大きい。これらの話は創作年代もあり、科学的な情報に基づき書かれたものではない。

 欧米ではキリスト教などによる宗教観、家畜を放牧する農業スタイルなどもあって日本以上にオオカミには厳しい対応が取られてきた。だが近代以降に科学的データが示されてからはオオカミとの関係は「共存」の方向で進む。わが国は依然として忌避意識が強い。

 日本では江戸時代の古文書にオオカミが子どもなど村人を食い殺したなどとする記録が残るが、丸山さんは「当時の人々の多くはオオカミと山犬(野犬)の区別がつかず、『数十頭の群れ(オオカミは数頭、10頭以下が一般的)が襲った』などの記述から狂犬病にかかった犬の可能性が高い。人身売買や誘拐などが考えられる事案でも、オオカミを犯人にするケースがみられる」という。

 明治時代になると、文明開化策にそぐわない蛮獣の烙印[らくいん]を押されたオオカミへの迫害はすさまじく、シカの毛皮と肉を取るためや、牧場の家畜を守るなどのため明治政府によって賞金が懸けられ、絶滅に追い込まれた悲しい歴史がある。

 ■根強い偏見や誤解 一般国民45%賛成国や学者が障壁

 日本オオカミ協会は1993年に設立され、日本でのオオカミ復活を目指した活動が始まった。シンポジウム、米国やドイツの専門家を招いた国際フォーラム、講演会などを展開。支部も全国各地にでき、会員は約550人。県内には静岡県支部が三島市にあったが、今春、伊東市に移った。

 一般の人々の理解は徐々に深まり、最新(2016年)の同協会の調査では「オオカミ復活は必要」45・5%、「不要」11・0%、「分からない」43・3%で、協会発足当初に比べ逆転現象が見られるまでになった。だが、オオカミ再導入に立ちはだかるのは国や都道府県などの行政、政治家、一部の動物学者だという。

 環境省のホームページには「安易に外国産のオオカミを導入することは生態系へのさまざまな影響が懸念され、家畜を襲う事例や人々の安全に対する不安など社会的な問題もある。わが国では捕食性の外来生物を野外に放した結果、生態系や農作物の被害も確認されている。オオカミ導入は慎重に考える必要があり、(シカなどは)人の手による捕獲を進めることが有効」などとある。

 丸山さんは「偏見や誤解が多く、科学的データに基づき判断すべき」と強調、次のように説明する。

 「オオカミが生息する諸外国では、オオカミが人を襲った事例はほとんどない。ただ犬との接触で狂犬病にかかったり、人が餌付けしならしたりしたことで人を襲ったケースはあるが極めてまれ。日本では狂犬病は根絶、罹患[りかん]の恐れはない。家畜を襲うケースもあるが絶対数は少なく、ロバやピレネー犬など大型犬を家畜の群れに入れることで防げる。オオカミは臆病な動物で人を恐れ、人前にほとんど姿を現さない」

 「沖縄にハブ対策で導入されたマングースは、ハブの天敵ではなく中間捕食者だった。外来種のアライグマも含め、わが国にはいなかった生物。彼らが居座る空席は元々日本の自然生態系にはない。絶滅したオオカミは生態学的な役割を果たし、開いた穴を埋めてくれる存在。区別して考えるべきだ」

 異論を唱える国や政治家、動物学者らについて「最近、徐々に変わってきた。自民党の国会議員にも賛同者が出てきた。日本にオオカミ専門の学者はおらず、役人も含め知識がないため“赤頭巾ちゃん症候群”で嫌悪、忌避感を示す。学者や都道府県は、官僚の顔色をうかがっている。賛同する市町村長はいる。相変わらず国(主に環境省)が障壁だ」と現状を嘆く。

 ■明治時代に絶滅 伊豆最後は丹野平?―ニホンオオカミ

 伊豆半島最後のニホンオオカミについて、こんな話が伝わる。

 「西伊豆町大沢里[おおそうり](大城)にある丹野平は昔、犬野[いんの]と呼ばれ、伊豆半島で最後のニホンオオカミが生息していた。山頂から少し下った大岩を山犬石と称し、ここからニホンオオカミが天城の山々に向かって遠吠[とおぼ]えした。伊豆から姿を消したのは江戸時代末から明治初め」

 同地の猟師・市川金男さん(81)から以前聞いた。

 国内で最後に確認されたのは奈良県東吉野村で、1905(明治38)年に捕獲された。同村にある銅像について丸山さんは「比較的本来のニホンオオカミに近いが、後ろ脚と首が長すぎる。前足の裏(肉趾[にくし]、肉球)が犬などに比べ一~二回り大きいのが特徴。剥製も何体か残るが、作製の際に形を整える(ポーズを付ける)などで、本来とは異なるものが多い」と評した。

 大正時代以降、今でも「鳴き声を聞いた」「足跡を見た」などの情報が入り、ニュースになることがある。だが「生き残りがいればシカやイノシシがこんなに増えることはない」と丸山さんは、きっぱり否定した。

 ■略歴

 丸山直樹・東京農工大名誉教授は新潟県生まれの東京育ち。同大を卒業後、生まれ故郷の新潟県林業試験場に2年余勤務。その後、同大に呼び戻されてシカ研究一筋に歩んできた。1997年に農学部教授。農学博士。編著に「オオカミを放つ」(白水社刊)、「オオカミが日本を救う!」などがある。

 月刊誌「新潮45」(現在休刊)でタレント・ビートたけしさんとの対談をまとめた「たけしの面白科学者図鑑 ヘンな生き物がいっぱい!」(新潮社刊、2017年発行)に「オオカミ復活で生態系を取り戻せ」が載る。

 南伊豆町伊浜(天神原)に20年前に別荘を建て、定住して14年目。「寒い所やほこりっぽい都会が嫌で移住、伊豆が大好き」という。自宅を日本オオカミ協会本部にしている。=写真は自宅で撮影

 【写説】米国イエローストーン国立公園内の雪上で、カメラに鋭い視線を注ぐオオカミ(米国国立公園局提供)

 【写説】ニホンジカによる樹皮はぎなどで枯れて倒木…崩壊する西天城の森=伊豆市内の棚場山

 【写説】以前はうっそうとしたブナ林で、林内はスズダケに覆われていたが、ニホンジカの食害などで丸裸になったツゲ峠付近=伊豆市猫越

 【写説】1905年に奈良県東吉野村で捕獲された国内最後とみられるニホンオオカミの像(東吉野村、同村提供)

 【写説】丸山直樹さん